憧れの仙人池

私が初めて仙人池の存在を知ったのは、山と渓谷社発行の「カラー 日本の山々」でした。
剱岳八ツ峰の項目にあった紅葉のナナカマドの背後にそびえる新雪の八ツ峰の写真を見た時は、日本の
山にもこのような風景があるのかと、新鮮な驚きを覚えたものです。

そしてカラー写真の解説にあった「もっとも剱岳らしい風格を持っているのが八ツ峰の勇姿で、とくに黒部側
の仙人乗越から見る光景は素晴らしい。  
剱岳は岩山だという実感をひしひしと肌で受けとめるだろう。  仙人池の水面にうつす岩峰群を一日眺め
ていても飽きないし、ヨーロッパ・アルプス的な雰囲気に浸れよう。」 という文面で初めて仙人池を知り、そ
していつの日か自分もその場所に立って見たいと思うようになりました。

そして何年か経った夏、ついに剱岳登山の計画を立てたのです。コースはかなりハードになりそうだったの
でもちろん単独行きとしました。

7月31日 羽田空港からYS-11で富山空港へと向かいました。飛行機は一旦新潟へ出でから日本海沿いに
富山へと飛んだのですが、飛行機の窓から眺めた立山剱の山並みに感激しました。
富山空港に着陸する時は、富山の市街地をかなり低空で飛行し、おまけに横揺れがひどくて全く生きた心
地がしませんでした。

富山から電車、ケープル、バスと乗り継いで室堂へと向かったのですが、その当時はバスの後ろに荷物運
搬用の大型トラックが付いて走るようになっていました。  バスの乗客の中で登山者は私一人だったので
大型トラックの荷台には私のザックだけがチョコンと載っていて、思わず苦笑いしてしまいました。

室堂に到着した時は素晴らしい天候で立山三山が美しくて思わず見とれてしまいました。
人ゴミの室堂を後に雷鳥平から別山乗越へと向かう道は急でしたが素晴らしい眺めに足取りも軽く、割合
簡単に剣御前小屋のある別山乗越に着きました。
別山乗越から眺める剱岳は堂々とそびえたっていて、まさに岩と雪の殿堂といった風格がありました。
乗越からは雪渓をトラバースしたり、雷鳥の写真を撮ったりしながら、岩峰と残雪を縫って剣山荘へと向か
いました。

8月1日  午前3時に剱岳山頂を目指して剣山荘を出発しました。風か割と強くて少し心配でしたが、ヘッド
ランプたよりに歩きはじめました。周囲が暗い為ルートがわかりにくく、何回か道を間違えたりしましたが、
やがて一服剣到着しました。富山の町の灯りが美しく望めました。
一服剣から先は岩場が多くなる為、しばらく休憩して夜の明けるのを待ちました。
ご来光の際ガスが出てきたのですが、なんとかご来光は望めました。
最初の岩場を鎖を頼りにトラバースして岩場を登りながら行くと、避難小屋のある平蔵のコルに着きました。
コルより右手に入ると、タテバイの岩場でした。鎖とボルトを頼りに登るのですが足元には急峻な平蔵谷の
雪渓がスッパリと切れ落ちていて、かなり緊張しました。
タテバイを登りきると、ほどなく剱岳山頂でした。
8月1日午前5時50分 人っ子一人いない山頂は、私が一番乗りでした。360度の大パノラマに時の立つのも
忘れる程でしたが、本日は仙人池までの長丁場という事で、名残を惜しみつつ山頂を後にしました。

剣山荘から剣沢を下りました。剣沢雪渓は以外と傾斜が緩やかだったので、快適に下る事ができました。
真砂沢小屋から二俣への道も、雪渓のトラバース等はありましたが、アップダウンの少ない道で、疲れた
身体には大助かりといった感がありました。
二俣から眺める三の窓雪渓と三の窓も素晴らしく、憧れの仙人池に近づいている実感がひしひしと感じられ
ました。しかし、ここで本コース最大の難関があったのです。
仙人池に行くには吊り橋を渡らないといけないのですが、その吊り橋が線路の枕木状の橋で、その上途中
の一枚の板が抜け落ちていたのです。重い荷物を担いだまま吊り橋の上でジャンプをするという恐い体験
をするハメになってしまいました。運良く板の上にジャンプ出来ても、そこで足を滑らせたら元も子もありませ
ん。ともかく、この難関を乗り切らなければ、仙人池にはいけないと言う事で意を決して、満身の力を振り絞
って吊り橋の上で大ジャンプを決行しました。登山靴がうまく板の上に乗った時は本当にホットしました。

二俣からの登りがまたきついものでした。午前3時から歩きつづけて、本日のコース終盤で一番辛い登りが
あるのですから、その苦労は想像を絶するものがありました。
登山道の左側の三の窓雪渓の素晴らしい景観等に励まされながら2時間程の登りを頑張ると、やっと待望
の仙人池ヒュッテに到着しました。
仙人池越しの八ツ峰の景観は素晴らしく、今までの苦労、恐怖の体験等が吹き飛んでしまいました。
ヒュッテのおばちゃんも親切で、食堂の窓から八ツ峰を眺めながらの食事も最高でした。

8月2日 仙人池でゆっくりしたかったのですが、日程に余裕がないため後ろ髪を引かれる思いで下山しま
した。下山ルートもかなりな悪路でしたが、なんとか阿曽原温泉小屋まで到着、そこからの水平歩道が長く
単調でウンザリしてしまいました。
欅平からのトロッコ電車で黒部の谷を風に吹かれながら下る一時は楽しく、この素晴らしい山行のフィナー
レにふさわしいものでした。



その後の情報
美女平から室堂までのバスは荷物収納スペースのあるタイプに代わり荷物運搬用の大型トラックは廃止に
なりました。

二俣の恐怖?の吊り橋は現在は頑丈なスチール製のものに架け替えられていて、全く心配ありません。

真砂沢〜二俣間、仙人池ヒュッテ〜阿曽原温泉小屋間は残雪の少ない年は、あまり問題がありませんが
残雪の多い年は、十分ご注意下さい。

阿曽原温泉小屋〜欅平間の水平歩道には照明のないカーブしたトンネルがあります。
ここの通行にはライトが必要となります。

仙人池ヒュッテは夏山シーズンン中より紅葉の時期の休日の方が混雑するようです。
またヒュッテの営業は例年10月中旬迄となっていますので、ご注意下さい。